人間関係の悩み

【緊張してしゃべれない】小中学生のとき場面緘黙症だった【経験談】

一歩外にでると人前では緊張してしゃべれない。

家族の前では話せるのにどうして。

「しゃべってみて!」と言われるけど声が出せないのが辛くて悔しい。

この記事がこんな悩みを持っている方への少しでも手助けになれば嬉しいです。

しーたす
しーたす
僕は小学生〜中学生の頃、場面緘黙症でした。
しーたすについて

・小学3年のときの転校がきっかけで場面緘黙症に

・高校生のときに克服

・現在は理学療法士という医療職をしている

 

小中学生のときは本当に学校で話せませんでした。

1日のうちに、お昼ごはんのとき以外に口を開けたことがないのがデフォルトになっていました。

多分小中学生当時の僕を知っている同級生からすると、今の僕はだいぶ変わったと思われるとおもいます。

そもそも、影が薄すぎて覚えていない人が大半だとは思うけど笑

そんな僕でも、今は医療職で日々患者さんを相手にする仕事をしています。

過去の僕と同じように悩んでいる人の希望になればと思い、僕がどうやって克服していったか実体験を含めてお伝えしていきます。

 

【本記事の内容】

・場面緘黙症とは

・僕の学生時代の実体験

・克服していった方法

一個人の経験であり万人が同じように克服できるというわけではないと思います。

それでも今悩んでいる人にとっては、少しでも参考にはなったら嬉しいです。

 

こんな人にオススメの記事

・学校で緊張してしゃべることができない人

・学校の休み時間や昼休憩の時間が苦痛で仕方ない人

・場面緘黙症の人

 

場面緘黙症とは【ただの人見知り?内弁慶?無視してる?】

場面緘黙症とは【恥ずかしがり、内弁慶ではない】

場面緘黙症(ばめんかんもくしょう)、選択性緘黙(せんたくせいかんもく、英: Selective Mutism,SM)とは、家庭などでは話すことが出来るのに、社会不安(社会的状況における不安)のために、ある特定の場面・状況では話すことができなくなる疾患である。 幼児期に発症するケースが多い。( wikipediaより)

勘違いしないでもらいたいのは、ただの人見知りとか恥ずかしがりとかじゃありません。

「甘えるな!」とか「しゃべれ!」とか思わないでおいてもらいたいです。

本人は話したいという気持ちがあるけど、学校などの特定の場面になると話せなくなる症状です。

話したいけど話せないというのは、本人も辛いんです。

 

場面緘黙症の特徴や症状について

・構音障害、知的障害、運動障害があるわけではない

・家族の中では普通に話すことができる

・学校や特定の場面や状況のときだけ話せなくなる

明確な病気というわけではなくて、精神的なものからくるものと考えられているようです。

ただ単なる人見知りや恥ずかしがりではありません。

話したいけど声が出せないという感覚です。

意味が分からないですよね。

理解されにくく誤解されやすいのが正直なところだと思います。

 

場面緘黙症の重症度による違い

あと、場面緘黙症は程度の差が大きいです。

当時は場面緘黙症というものを知りませんでしたが、今になって思えば、僕はかなり軽い方の場面緘黙症だったんだなと思っています。

僕の場合は、YES/NO程度の発声はできていたし、身動きがとれないわけではなかったので。

重度の場合

・しゃべれないだけでなく身動きも取れない

・首振りでのYES/NOでも答えれない

・筆談でコミュニケーションをとる

参考に場面緘黙症の重度の人の動画があったので、気になる方は観てみてください。

 

場面緘黙症と恥ずかしがりの境界線は?

薬を飲んで治る病気みたいなものと違って、症状という表現が近い気がします。

なので場面緘黙症と極度の恥ずかしがりに明確な境界線があるのかといえば、そうではない気がしています。

グレーゾーンのところもあると思っています。

僕の場合は、恥ずかしがりというには度が過ぎていたし、場面緘黙症と言い切るほどの重度ではなかったので。

本当に重度な場面緘黙症の方からしたら、「そんなの場面緘黙症とは言えないよ」と思われる方もいるかもしれません。

でも当時の僕は、自分がなぜ学校や他人の前では話せなくなるのが、我ながら理解に苦しみました。

大人になってから、場面緘黙症という症状を知って、妙に納得してホッとしたのを覚えています。

 

場面緘黙症だった僕の学生時代の経験談

場面緘黙症だった学生時代

僕の学生生活はそれはそれは暗黒時代でした。

当時の学校での記憶はかなり失われています。

思い出そうと思っても思い出せないことも多い笑

自分の記憶から抹消しているのか、記憶に留めるようなエピソードがなかったともいえるけど。

僕の場面緘黙症の歴史

・小学校3年の転校後〜中学生までが一番ひどかった

・高校生で場面緘黙症は改善

・大学〜社会人でコミュ障も徐々に改善

めちゃくちゃ境遇や症状が近い人の動画があったので貼らせてもらいます。

この方も今話している様子から全く想像できませんよね。

そんなもんなんだと思います。

僕も多分今の状況で普段接している人に、「場面緘黙症でした」って告白しても周りの人には信じてもらえないかもしれません。

 

場面緘黙症になったきっかけ・原因

小学校3年の2学期の終わりぐらいに、親が家を買うのをきっかけに転校しました。

ちょうど3学期の始まりの1月から新しい転校先の学校に行き始めたんですね。

いじめがあったとか、何か特別なことがあったわけではありません。

僕の場合はその転校がきっかけで学校で話せなくなりました。

同級生には「しゃべってみて」、「あって言ってみて」とからかわれたのは覚えています。

そこで話せなくなって、自分で話せないキャラを作ってしまったような気もしています。

今になって考えてみれば、それが自分にとって、ある意味都合がよかった選択だったのかもしれない。

自分で殻を作って壁を作って、現実逃避してたのかな。

 

場面緘黙症だった当時の学生生活について(小学生のとき)

・授業の休み時間は机に突っ伏して寝ているフリをしていた

・毎日ほぼ一言も発することはなかった

・少ししゃべったときに、○○がしゃべった!とその日のクラスのちょっとしたニュースになった

・家族の前では普通に話せていた

・近所の年下の子(1〜3学年下)とは普通に遊べていた

僕の場合は、小学生の頃は近所の子(年下の学年の子たち)とは普通に話したり遊べていたんですね。

そのときの楽しかった記憶は残っています。

ただ学校の同級生たちと遊んだ記憶は皆無で、名前や顔も覚えていません。

 

場面緘黙症で友達がいなかった時代(中学生のとき)

・休み時間は図書館で、はだしのゲンや手塚治虫の漫画をひたすら読む

・家ではひたすらゲームや漫画やお笑い番組

・テストでいい点をとることで自尊心を保っていた

・卓球部では無言でひたすらラリー

中学生になってからは、近所の子とも遊ばなくなりました。

家に帰ってひたすらゲームと漫画とお笑いにのめりこんでいました。

部活は卓球部に所属していましたが、同級生は1人だけでした。

その子もかなりの無口で、ほぼ一言もしゃべらずにひたすらラリーをしていました笑

今考えたらめちゃくちゃおかしい光景です。

中学生のときは友達と遊んだ記憶はありません。

 

場面緘黙症を克服することができた(高校生のとき)

高校に進学したときは、中学校が同じの子が数人しかいませんでした。

それもあって自分の中で少し変わろうという気が芽生えてたんだと思います。

高校1年のときの1学期に少し話したりする同級生ができ、グループにも入ることができていました。

このときにいわゆる場面緘黙症ではなくなったと思います。

 

まとめ【場面緘黙症は克服する方法はあるのか】

僕の場合は、いじめがあったとか特別な何かがあって場面緘黙症になったわけではありませんでした。

そして、克服したときも同じように何かきっかけがあったわけでもなかった。

気づいたら人前で話せなくなっていて、ふとしたときに話せるようになっていたという感じです。

小学校の転校がきっかけであったし、高校入学がきっかけでもあった。

環境の変化によるところが大きかったとは思います。

 

こんな感じなので、ひどい重症の人からすれば大したことはないと思われるかもしれません。

でも僕も当時の学生生活は本当に苦しかった。

僕ぐらいライトな人とかグレーゾーンの人は、実際に結構いてると思うんですよね。

僕みたいなやつもいるということで、そういう人たちの勇気になれば嬉しい。

 

そして場面緘黙症の子供を持っている親御さん、学校の先生、同級生には理解をお願いしたいです。

そういう人たちがいることを知っておいてほしい。

けっして恥ずかしがり、内弁慶、本人の甘えで済ませないでもらいたい。

場面緘黙症で悩んでいる人は、今はそれでもいいし自分を責めないで。

いつか克服できるはず。

徐々にでもいい。

気にしなくていい。

同じような人はいっぱいいる。

それでは、また!